霜降り明星めちゃくちゃ面白い!!

霜降り明星せいやが受けていたいじめ
①小中学校では人気者
②高校入学!始まる「いじめ」
③明るいせいやの抵抗とは・・
④そして円形脱毛症、でも頑張るせいや
⑤お笑いでいじめを跳ね返した!
①小中学校では人気者
小学生の時からせいやは明るい性格で学校の人気者、お笑いクラブに所属していた。
小学校6年生の時に同級生の当時の相方とNHKの番組で漫才を披露し、番組内の企画で優勝している。当時番組の司会を務めていた陣内智則から、「お前ら、ビッキーズよりおもろいで」と絶賛されるほど腕は確かだった。
そのことがきっかけで、せいやは学校で更に人気者になった。

②高校入学!始まる「いじめ」
高校時代でも明るいせいやは、「面白いことをしてクラスの人気者になりたい」と考えていた。入学して間もなくクラスの不良グループに、笑いを取ろうと絡みに行ったことが原因でいじめが始まる。
次の日には机が上下逆にひっくり返っていたらしいが、明るいせいやはこれを「勉強できひんやないか!」と突っ込む。そこに飛んできた南京錠に対しても「家ちゃうねん!鍵飛んできても開かへんねん!」と強気に突っ込むが反応は浅かったという。
「せいやをいじめることでクラスの統一感が生まれる」という状況だったという。
その後は、掃除ロッカーの中に閉じ込められて倒されたり、大勢で4階から落とされそうになったり、そんな辛い日々を送っていたそうです。
③明るいせいやの抵抗、そして円形脱毛症
せいやはあらゆる方法でいじめに立ち向かいます。
いじめを「いじり」と捉え、どんな仕打ちを受けても笑いで返すようにしていました。
クラスのリレーのメンバーに入ろうと必死に努力し、実際にメンバー入りできるほど高いタイムを叩き出しますが、いじめのメンバーにタイムを書き換えられてしまったそうです。
しかし体は正直でじわじわと髪の毛が抜け落ち円形脱毛症の症状が発生したそうです。次第に円形脱毛はつながっていき、大きな一つの円になりそれはまるでドラゴンボールのフリーザのようだったと言います。
自分にはお笑いしかないと考えていたせいやは、そのハゲさえネタにしていじめに立ち向かっていたと言います。

④せいやに舞い降りるチャンス
禿げてしまったせいやの頭皮はニット帽に、毎日薬を塗っていた母親は泣いていたそうです。
親や病院の先生は「転校したほうが良い」とせいやを説得しますが、せいやは「大人が介入したら2度と仲良くなれないから」と大人の介入を拒み続けます。
そんな時に、せいやに転機が訪れます。学園祭の演劇の台本をいじめのメンバーから押し付けられる形で全て任されることになりました。
もともと、コントや漫才を書くのが得意なせいやは「ここや!!」と思い全力で「リアルももたろう」という演劇を考えたそうです。
⑤お笑いでいじめを跳ね返した!!!!
せいやがあまりにもしっかりした形で作り上げてきたので、クラスの中でせいやを見る目が変わりいじめた側もその雰囲気には抗えず、学園祭の演劇を全てせいやがプロデュースすることになります。
そしてそのコントで学校の賞を獲り、学校の壇上で表彰されたせいや、その時にせいやは徐にニット帽をとりこう言い放ちます。
「このコントでいじめ跳ね返したぞー!!!」
と叫ぶと、「うおおおお!!!!!!!」と映画のように会場が湧き上がったと言います
その後、霜降り明星の誕生そして…

その後せいやはハイスクールマンザイで粗品と出会い、一度は大学生と芸人と違う道を歩むが、粗品が19歳でオールザッツ漫才に最年少優勝をした時、「スーツが着て漫才がしたい」と言います。
当時大学生で無名だったせいやはそれをテレビで見ていたそうです。粗品が連れてきた無名の新人は努力に努力を重ね、ABCお笑いグランプリ優勝を初め、M−1準決勝の常連となって行きます。
2018年のM-1グランプリ優勝し、お笑い第7世代という言葉を作りその筆頭としてお笑い会を盛り上げています。