年功序列制度はオワコン
謎の上下関係
「年上だから敬語を使わなければいけない」
私がその価値観を植えつけられたのは中学生の頃。
バドミントン部の先輩方は敬語を使わない下級生に生意気だと怒り、顧問と呼ばれる指導者である大人もそれに対して特に何をいうこともありませんでした。
「先輩は問答無用で敬わなければならない」
過去はそれが絶対的な価値観として存在しました。
ただ少し先に生まれただけという簡易的な理由でその上下関係は決まります。
特に何を成し遂げた訳でもない。
敬われることなんて何もない人にも「年上」というだけで敬語を使わなければいけない。
ましてや尊敬するような人間的に魅力がない年上に限ってこの「年功序列」を武器に敬語を使うことを強要してきます。
この年功序列という価値観はなぜ生まれたのか?
今日は日本社会全体に蔓延る異様な価値観「年功序列」について調べてみました。
なぜこんな理不尽な制度が生まれてしまったのでしょうか?
年功序列とは?わかりやすい特徴!
①とても簡単で楽なルール
年功序列制度は
「早く生まれたほうが偉い」という
誰でもわかるシンプルなもので、まだ右も左もわからない純粋な若者に教え込むにはとても簡単で楽なルールです。
しかし肝心な
「早く生まれたほうがなぜ偉いのか」
という純粋な若者が一度は抱くであろう疑問を完全に無視し、
いいから年上には敬語だ!!
と社会の厳しさを叩きつけるように刷り込み強制的に年上に敬意を払うことを強制されます。
年功序列とは?わかりやすい特徴
②舐められたら終わり
年功序列制度を重んじる人間は、自分以外の人間が自分に対して舐めているのかそうでないのかを非常に気にかけています。
例えば、
年下や女子供に舐められたら終わり
という極端な価値観を持ち合わせ、
非常に簡単な理由で人生を終わらせるため、人生の終わりを迎えることを防ぐために異常なほど気を張って生きています。
一度舐められている事に気づくと、対象に対して大声をあげて威嚇したり、場合によっては手をあげることも辞さない事もあるのでしょう。
舐められたくないもの同士が出会うと、周りを巻き込んだ地獄絵図と化すことも珍しくはありませんでした。
「舐められたら終わり」
だから仕方のないことなのです。
年功序列とは?わかりやすい特徴
③深く深く根付く価値観
体育館裏やトイレでのお叱り
年功序列の風潮は時代が古くなるほど顕著で、33歳の筆者の時代はまだまだ柔らかくなってきていたほうと聞きます。
しかし筆者が中学生の頃も、部活動の先輩など年上に意見をしたり、ましてや間違いを指摘する行為などを行うと、
「あいつは舐めとる」とトイレや体育館裏などのひと目につかない場所に呼び出しされ、お叱りを受けることもあったようです。
40代から上はもっと凄い
現在の40代から年上の方々は、更に理不尽な年功序列の中を生きてきた方々も多いと聴きます。
資料として「湘南純愛組」「ろくでなしブルース」などのヤンキー漫画全盛期の有名なヤンキー漫画を読んでいただくと顕著に理解することができますので、参考にどうぞ。
年功序列とは?その特徴
④理不尽の負のループ
「自分の若い頃は◯◯だったのに」という考えを押し付ける指導者になるな
という記事を先日書きましたが、
「年功序列」の社会に生きてきた先輩方は、
私自身も「先輩に厳しくされたように後輩にも厳しく教えなければいけない」という考え方の先輩がたは沢山見てきました。
「厳しくする」というやり方は1つの手段に過ぎず、それで上手く育つ場合もあれば、全く上手くいかない場合もあるでしょう。
みんな違ってみんな良い、人間だもの
勿論「自分がやられた事は人にして良い」とか
「自分と同じ苦労をしないと後輩は立派に育たない」という考えはおかしいと思います。
しかし、そのような思考回路に陥らなければいけないほどの理不尽を押し付けられた結果、こういう考え方にたどり着くのは少しわかる気がします。
一種のトラウマを植え付けられたようなもの…なのでは
年齢ではなく、人間の中身を見る
人それぞれにあった接し方を
当たり前のことを言います。
年齢はその人を図る1つの基準であり、それがその人の全てではありません。
私は幼少期、自分より年齢を重ねた人はそれだけ沢山の経験をしているはずだから敬いなさいと教わりました。
それは勿論間違ってはいませんが、
歳を重ねているいないに関わらず、自分より年下の子供だろうが敬意を表する対象には変わりないと思います。
年功序列に代わる新しい価値観
今のインターネット社会では、様々な人々が情報を発信し、たくさんの学びを得られるようになりました。
幾つになっても新しいやりたいことができた時に、素直な気持ちで新しい学びを得ることができるように、年齢や性別、国籍なども全て関係なく様々な人にフラットな気持ちで接することができるように
舐められたら終わり
という価値観は改め
誰でも尊敬すべき点はある
という価値観でいた方がピリピリする事もなく、幸せに生きることができるかもしれません。